松本の近代建築探訪

旧サイト「新まつもと物語」で、当時の市民記者である藤松 幹雄さんが投稿したコラムを掲載しています。

※2018年3月時点の情報です。

松本の近代建築探訪
一級建築士・登録建築家 藤松 幹雄さん
松本は、松本城を中心に発展してきた城下町です。江戸時代は身分に分かれた町割りでしたが明治を迎えると大きな変化が訪れます。身分制度が無くなり閉鎖的な城下町から近代都市へ開放されました。そこで建物の姿も変わりはじめます。封建的建築規制が撤廃されると自由な発想が許されます。優秀な職人技術を持った棟梁たちは西欧の建築の姿・形に最大の関心を示し、そこに自由な解釈を付け加えエネルギッシュな建築を生みだしました。松本にはその時代の熱意を伝える建物が現存しています。ここで明治から昭和初期に建てられた「松本の近代建築」をご案内したいと思います。
一級建築士・登録建築家 藤松 幹雄さん

重要文化財 旧制松本高等学校本館・講堂

本館入口は道に近く街に開かれた隅入りです。 マンサード屋根や窓の配置など機能的で親しみやすいデザインとなっています。
本館入口は道に近く街に開かれた隅入りです。 マンサード屋根や窓の配置など機能的で親しみやすいデザインとなっています。
玄関を入ると階段が出迎えます。二階の窓からは正面に北アルプス連峰常念岳が望めます。信州松本の景観を意識的に取込んでいると思われます。
玄関を入ると階段が出迎えます。二階の窓からは正面に北アルプス連峰常念岳が望めます。信州松本の景観を意識的に取込んでいると思われます。
換気用小塔
 換気用小塔
講堂の入口も隅入りでポーチはドーム屋根で簡便な古典様式を用い屋根上の換気用小塔にも意匠的工夫が なされています。
講堂の入口も隅入りでポーチはドーム屋根で簡便な古典様式を用い屋根上の換気用小塔にも意匠的工夫が なされています。
講演会や講習会の会場としても使える講堂内部。セイジ・オザワ・松本フェスティバルのコンサート会場にも利用され、このようなホールを身近に使用できる松本市民は幸せです。
講演会や講習会の会場としても使える講堂内部。セイジ・オザワ・松本フェスティバルのコンサート会場にも利用され、このようなホールを身近に使用できる松本市民は幸せです。
緊張感漂う復元された校長室。見学無料です。
緊張感漂う復元された校長室。見学無料です。

明治以降、国は当時の高校を第一校(東京)から八校(名古屋)までしか設立を認めなかったそうです。大正時代に入り全国に四校増設する事になり松本にも9番目の高校が誕生しました。しかし番号では呼ばず建設地の地名とすることになったそうです。当時の松本は由緒深いあがたの森に2万坪の敷地を用意しました。設計は文部省の建築課で同時に新潟、山口、松山もほぼ同様式の建築だったそうです。その時代の高等学校建築は大正デモクラシー時代の影響が校舎建築の特徴として表現されています。校舎の配置は道に近く入口は建物の角入りが特徴です。敷地の有効利用をはかり建築は実質を重視するというやり方でした。そのため建築もドイツ式の簡略スタイルを基にした木造2階建て瓦葺、外壁は下見板張りの上に薄水色のペンキ塗りという簡素な仕上です。外壁の板を縦横さまざまな方向に走らせ柱形を付けたステックスタイル様式と言われています。講堂は入口がドーム型の屋根で換気用の小塔や階段手摺の彫り細工など意匠的な配慮が見られます。全国的に旧制高校の遺構が少なくなっている中で、当時の状況が最も良好に保存されている唯一のものと言われています。この建物も閉鎖後に保存運動がおき文化財として保存と活用を決め平成19年国の重要文化財に指定されました。

国宝 旧開智学校校舎

明治 9 年(1876 年)竣工 木造2階建て 移築保存
明治 9 年(1876 年)竣工 木造2階建て 移築保存
西欧では建物の角を硬い石で補強します(コーナーストーン)ところが機能とは無関係に漆喰塗で仕上られています。
西欧では建物の角を硬い石で補強します(コーナーストーン)ところが機能とは無関係に漆喰塗で仕上られています。
廃仏希釈にあったお寺の桟唐戸を使ったとか・・・。何となく寺子屋の雰囲気を感じます。
廃仏希釈にあったお寺の桟唐戸を使ったとか・・・。何となく寺子屋の雰囲気を感じます。
海外から輸入された色ガラスはステンドグラスの簡略化で開智学校は全ての窓にガラスがはめられました。 当時には珍しく高価な物で「ギヤマン学校」と呼ばれていたそうです。
海外から輸入された色ガラスはステンドグラスの簡略化で開智学校は全ての窓にガラスがはめられました。 当時には珍しく高価な物で「ギヤマン学校」と呼ばれていたそうです。
2階講堂 床の敷物は一枚仕立のスズ竹細工(昭和 38 年~39 年の移築工事に造られた)
2階講堂 床の敷物は一枚仕立のスズ竹細工(昭和 38 年~39 年の移築工事に造られた)
八角形の太鼓楼は西洋建築の鐘楼や時計台をヒントに擬洋風建築に好んで用いられました。洋風と言いなが ら二階のバルコニーの屋根は伝統的な唐破風。バラバラなデザインに見えても絶妙なバランスで造られてい ます。
八角形の太鼓楼は西洋建築の鐘楼や時計台をヒントに擬洋風建築に好んで用いられました。洋風と言いなが ら二階のバルコニーの屋根は伝統的な唐破風。バラバラなデザインに見えても絶妙なバランスで造られてい ます。

文明開化の学校建築として歴史の教科書に掲載されるほど日本では有名な建物、建てたのは地元の棟梁立石清重。明治政府は明治17年(1884年)にアメリカのニューオーリンズで開かれた万国工業博覧会に自国の文明開化の証として開智学校校舎の写真を出品しているそうです。擬洋風建築とは地方の大工棟梁が見よう見真似で西欧建築を学習し洋風建築として建てたものです。その多くは小規模な学校や役場などの木造建築で厳しい予算のなか不足分は地元の人々の寄付を募って建設されました。注目すべきは正面の車寄せ、この一点に擬洋風が凝縮されています。八角の太鼓楼と寺っぽいアーチの窓、青竜の上に雲がわきその上に二人のエンジェルが「開智学校」の旗を掲げています。文明開化時代の日本一の小学校「擬洋風建築」を見学して見てください。*追記「令和元年国宝に指定されました。」

重要文化財 旧松本区裁判所庁舎

明治41年(1908 年)竣工 木造平屋建て 移築保存
明治41年(1908 年)竣工 木造平屋建て 移築保存
廊下を挟んで両側に執務室が配置(中廊下型)されています。畳から机と椅子で執務を行う西洋式に変わった和洋折衷の平面構成。
廊下を挟んで両側に執務室が配置(中廊下型)されています。畳から机と椅子で執務を行う西洋式に変わった和洋折衷の平面構成。
支部訴廷 裁判官と被告の高低差は経験したくない位置関係です。
支部訴廷 裁判官と被告の高低差は経験したくない位置関係です。
受付窓口が異様に高い位置にあり、上から見下ろされる構造。抵抗するエネルギーはここでそがれます。
受付窓口が異様に高い位置にあり、上から見下ろされる構造。抵抗するエネルギーはここでそがれます。
真壁造りで腰壁は板張りです。小屋裏換気用のドーマー屋根や執務室を明るくするための連続した木製ガラス格子戸は近代和風の特徴の一つです。
真壁造りで腰壁は板張りです。小屋裏換気用のドーマー屋根や執務室を明るくするための連続した木製ガラス格子戸は近代和風の特徴の一つです。
正面の車寄せの屋根は千鳥破風とムクリのついた入母屋造りの二重屋根で神社仏閣のように遊びが無い奉行所のような権威付けが漂います。
正面の車寄せの屋根は千鳥破風とムクリのついた入母屋造りの二重屋根で神社仏閣のように遊びが無い奉行所のような権威付けが漂います。

明治時代の裁判所の建物は、大都市と地方都市で2つの系統があります。大都市は明治初年から10年代まで疑洋風で造られ明治30年代以降、司法省と大審院はドイツ人の建築家に依頼するなど正当な西洋建築で造られます。それに対して地方都市は和風の意匠で造られます。現存するものは少なく司法省の設計による旧長野地方裁判所松本支部庁舎は、その中でも地方都市の和風裁判所の完成形とも言われています。昭和52年に別庁舎が新築され、機能が移転し解体される事になりました。地元の人たちの保存運動によって、松本城二の丸からこの地に、昭和57年(1982年)移築復元されました。シンメトリーに配置された平面は鳳凰が羽を広げた形といわれ、中央には二枚屋根の車寄せを配置し厳格な佇まいとなっています。

国の登録有形文化財 松商学園高等学校本校舎

昭和 11 年(1936 年)竣工 木造2階建て 現役
昭和 11 年(1936 年)竣工 木造2階建て 現役
玄関正面の階段室。 階段の踏み板は桜の一枚板。何人の生徒が上り下りしたか・・すり減った板に歴史を感じます。
玄関正面の階段室。 階段の踏み板は桜の一枚板。何人の生徒が上り下りしたか・・すり減った板に歴史を感じます。
石造風の車寄(ポーチ)に御影石の階段は各式を重んずる様式に使われる構成。楕円形のアーチを潜ると壁と天井が漆喰でシンプルに仕上げられています。その効果で玄関ドアがより重厚に感じます。
石造風の車寄(ポーチ)に御影石の階段は各式を重んずる様式に使われる構成。楕円形のアーチを潜ると壁と天井が漆喰でシンプルに仕上げられています。その効果で玄関ドアがより重厚に感じます。
当時のままの玄関ホール
当時のままの玄関ホール
レトロな雰囲気を醸し出す廊下。木製のガラス格子窓と入口のドア。ドラマの撮影などにも良く使用されるそうです。
レトロな雰囲気を醸し出す廊下。木製のガラス格子窓と入口のドア。ドラマの撮影などにも良く使用されるそうです。

左右対称のファサードで屋根は瓦葺です。中央に張出した玄関に石造風のポーチを設け2階の屋根に入母屋を乗せて両翼の屋根には千鳥破風を配するなど和と洋を折衷した意匠で造られています。小屋裏換気用の小屋根もリズミカルに乗っています。外壁は下見板張でコーナーに柱形か付いています。昭和の近代和風建築の代表です。松商学園高校は、片倉製糸紡績の今井五介が興した松本商業学校を前進としています。そのため、本館の建設には、片倉製糸紡績の専属技師を中心とするメンバーが設計に参加しました。建設当時は東西81m南北44mのロの字型の校舎で1周250mという大型の木造校舎だったそうです。平成23年に、本館のほか講堂・柔剣道場が国の登録有形文化財になりました。

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