小路を歩けばあなたも江戸人 城下町の町名・二十四小路その1 東町編
簡単には敵を進入させない、お城下町・松本。そんな城下町の食い違いの道や鉤の手の道が残る市内の小路を探してみませんか?
松本市史によると、城下町としての町割は、本町、中町、東町の三町をいい、他に枝町、小路が多く別れ出ています。
三町二十四小路と呼ばれていました。
<東町>
善光寺街道に沿う東町(ひがしまち)は松本城下の中心。親三町の一つで、町名は、城の東側に位置することに由来する。
二十四小路を親町ごとに分けました。小路名を記した石柱と現在の小路の様子です。
1. 常法寺小路
1. 常法寺(じょうほうじ)小路の由来
山伏の寺、常法寺がこの通りの東側下々町の角にあったことに由来する。明治になってからは、小路入り口の町屋の屋号をとって「あぶらた」小路とも呼ばれる風情ある小路。
2. 観音小路 3. 長称寺小路
2. 観音(かんのん)小路の由来
和泉町から分岐する二つの小路の一つ。和泉町より大安泉寺の観音堂に通じる道であったので、この名がつけられた。大安泉寺は真言宗の寺で、観音霊場信濃百番、三十三番札所めぐりの第一番札所となっており、歴代城主の祈願所であった 。
3. 長称寺(ちょうしょうじ)小路の由来
和泉町から分岐する二つの小路の一つ。和泉町より長称寺が見通せるのでこの名がつけられた。長称寺は親鸞上人ゆかりの寺で、山号を木曽義仲院といい、城下町の東に配置され、城砦的な性格を併せ持った寺である。
4. 作左衛門小路
5. 二ッ井戸小路
6. 塩屋小路
7. 正行寺小路
8. 桜河岸小路不明
9. 山家小路
4. 作左衛門(さくざえもん)小路の由来
東町から分岐する六つの小路の一つ。名主萩原作左衛門がこの小路を開通させた事に因み、この名がつけられた。
5. 二ッ井戸(ふたついど)小路の由来
この小路は、二十四小路の一つで、享保年間の絵図(享保十三年)によれば親町東町から分岐し、捨堀の南の木戸との間である。小路の長さは二十三間、幅は一間四尺であった。ここには冷水の井戸が二つ設けてあったことから、小路の名前となった。また、木戸の内側には番所があり、番人がつめていた。
6. 塩屋(しおや)小路の由来
東町から分岐する六つの小路の一つで、恵光院につきあたる。町名は塩屋孫兵衛という豪商が居住していたことに由来する。 この小路にあった井戸は底が海底へ通じ、昔より塩を供給する老翁が出現したとの伝説がある。
7. 正行寺(しょうぎょうじ)小路の由来
東町から、下横田町にある真宗正行寺の山門にいたる参道であった。正行寺は、松本城天守を築造した 石川数正・康長父子の菩提寺である。
8. 桜河岸(さくらがし)小路
念来寺の通路に桜の並木のあったことからつけられた。
現在、念来寺は鐘楼が残っているだけである。
桜河岸小路の場所・石柱不明
9. 山家(やまべ)小路の由来
東町の成り立ちは天正十五年(一五八七)と 伝えられ 三丁目の区分は大正三年四月である。山家小路の名称は慶長十八年(一六一三)と記録にある。信府統記に昔は紺屋町と言い、中比鍛冶町といい、今は山邊小路というとある。山辺への出口の町である。