ディープな浅間温泉探検隊!工芸の五月建築家と巡るタイムトラベル密着取材!最終章

2018.5.24
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ディープな浅間温泉探検隊!工芸の五月建築家と巡るタイムトラベル密着取材!最終章

建築家と巡る城下町 みずのタイムトラベル ~浅間温泉~工芸の五月
工芸の五月が始まり10年 タイムトラベル初の浅間温泉に潜入!第2章に続き最終章です。

護摩堂 不動の滝から南北の通り沿いにある「手仕事処 ゆこもり」にお邪魔しました。

建物は傾斜が急な土地に立っています。お庭の階段を下りギャラリーに向かいます。

長谷川正治陶展Ⅵ『いつもの器と小さなオブジェ』開催中

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オーナーの瀧沢さんよりゆこもりの歴史のお話しを伺いました。
ゆこもりの歴史は古く温泉を備えた下宿屋のような場所で、
「せんきの湯」という名前でした。元々は50度のお湯が出ていました。

せんき【疝気】とは近代以前の日本の病名で,当時の医学水準でははっきり診別できないまま,疼痛をともなう内科疾患が,一つの俗称の一つ。

そこには戦中疎開して来ていた有名な日本画家石井柏亭 も昭和20年に滞在していました。
その頃に多くの人が集まり「長野県美術展」なども始めました。

現在のギャラリーは、15年ほど前にオープンしました。

 

太平洋戦争末期、多くの美術家たちが戦渦をのがれ、信州へ疎開してきました。そうした人々の精神的支柱となったのは、多くの教え子をもつ宮坂勝と中央画壇で活躍していた石井柏亭でした。

1945年8月、戦争が終結すると、信州には美術を通じて街を活気付かせようという動きが広がります。石井柏亭はその活動の中心となり、各方面に呼びかけをし、同年11月には長野県内を巡回する「全信州美術展覧会」の開催を実現したのでした。日本画、洋画、彫刻、工芸の4部門からなるこの展覧会は、3年後には「長野県美術展」となり、美術家たちの団体「信州美術会」や長野県内各地の美術団体の結成へとつながりました。(松本市美術館HPより)

 

「手仕事扱い処(どころ)GALLERYゆこもり」(松本市浅間温泉3、TEL 0263-46-2066)

湯坂

湯坂

枇杷の湯お庭

枇杷の湯お庭

元々はお殿様がお入りになる御殿のお湯で、長い歴史を持つ温泉施設でした。
数年前に立ち寄り湯として改装され、最近は予約限定のレストランも営業しています。

温泉から見える「松本城主石川康長(三長)公お手植えの松」を、お庭に特別に入らせて頂き間近で見学させて頂きました。

湯々庵枇杷の湯  

〒390-0303 長野県松本市浅間温泉3-26-1 TEL:0263-46-1977

飯田屋別館

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残念ながら、すでに閉館してしまった「飯田屋別館」は、木造3階建ての建物です。絶滅危惧種です。
「富貴の湯」の別館「翁の湯」だったものを買収し昭和12年に創業。建物年代は明治末から大正頭位で昭和30年に改修。創業当時は周りに高い建物が無く、松本駅からも見る事が出来たそうです。68帖の大広間は格天井に黒い土壁、床にはスズ竹細工で重文旧開智学校の講堂の床と似ているそうです。

富士の湯

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旅館「富士之湯」さんは、現当主で20代目となる由緒正しい家柄です。創業は天保年間(1832年)
松本城主と縁が深く、先祖代々伝わる家宝の1部を館内でも公開されています。
まさにお宝の宝庫、芸術作品やこの地に息づく歴史を伝える品々を、今回は大勢の見学者を受け入れて頂き、見学させて頂きました。テレビ東京系列の「開運!何でも鑑定団」で真筆と鑑定された松本出身の日本画家「西郷弧月」の掛軸も季節に合わせ展示しているそうです。

昨年訪れた際に投稿したブログお宝の数々もご覧ください。

 

隅々の小路をゆく!

5月の爽やかな昼下がり 「ディープな浅間温泉探検」は、深すぎて3時間では周り切れない濃~い内容でした。
3回に分けて投稿しました。

今回当日の案内をしていただいた建築家・都市計画家・信大生の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。
また記事の補足加筆頂きました藤松さんには重ねてお礼申し上げます。