ディープな浅間温泉探検隊!工芸の五月建築家と巡るタイムトラベル密着取材!第2章

2018.5.22
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ディープな浅間温泉探検隊!工芸の五月建築家と巡るタイムトラベル密着取材!第2章

建築家と巡る城下町 みずのタイムトラベル ~浅間温泉~工芸の五月 2

工芸の五月が始まり10年 タイムトラベル初の浅間温泉に潜入!前半の続きですが、長いので3回に分けて書くことにしました。
桜が丘古墳が見える場所を後にして、温泉街の坂道を登っていきます。

尾上の湯

大正12年創業 当時は代議士の別荘でした。窓の格子のデザインが面白く、玄関内部はモザイクタイルが施されていてモダンです。
尾上の湯公式HP」によりますと、館内の一部に大正・昭和のアンティークガラスが残っています。
現在では珍しい波うちガラスです。

尾上の湯

 

赤レンガの壁

いつ通っても、ついついシャッターを切ってしまういい感じの壁です。
赤煉瓦の積み方はイギリス積。上土にあった今は無き「旧山崎歯科医院・明治21年建築」と同じ積み方です。手で成形された古いレンガの壁で浅間の窯で焼かれたのではと推測されます。手仕事の味があるから素通りできないのですね。

梅の湯

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その昔ウォルター・ウェストンが逗留した「梅の湯」さん「ウェストンの碑」が建てられています。木製の看板は江戸時代に書かれたものを化粧直したそうです。
そのお向かいにあるのは、すでに廃業した「旧ウエストンホテル」戦後のモダニズム建築。水平ラインを強調したピロティー。この頃より浅間温泉は高層化され最上階に展望風呂が出来ます。上手くリフォームすれば良くなると思いますが、これも絶滅危惧種ですね。

ウォルター・ウェストンは、高地の魅力を1896(明治29)年、著書『日本アルプスの登山と探検』で世界に称賛しています。「楽しみとしての登山」を日本に浸透させた功労者として、日本山岳会は氏の栄誉を称えて1937(昭和12)年に梓川沿いの広場にレリーフを掲げました。その10年後の1947(昭和22)年よりウェストン祭も開催しています。(上高地公式サイトより)

西の宮恵比寿神社

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梅の湯から坂道をどんどん登っていくと、2股に分かれる道があります。右に行くと美鈴湖左の道を登ります。
坂は更に傾斜が急になり、ゼイゼイ言いながら登ります。

メインの道から更に上の道を行くと「西の宮恵比寿神社」があります。
浅間温泉ある、商売の神様で全国的に有名な、西宮恵比寿神社。

(尚、名称はいろいろだが、全国には全部で3500もの恵比寿さまを祀る神社があり、総本山が兵庫県の西宮にある西宮神社。)明治時代に西宮神社から勧請。松本市深志にあったものを、昭和になって現在の場所に移したのだという。(建物はその時に新たに建立)

御拝殿の横に歌碑があります、よ~く見ると恵比寿様ではなく、「大黒様」が彫られています。
浅間温泉「珍名所」の一つに加えました(個人的な構想です(笑))

 

護摩堂 不動の滝

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恵比寿神社の裏手から降りてその北側にある「護摩堂 不動の滝」まだ2分ほど山道を登ります。
当日は、水量が少なかったので、石の壁に彫られたお不動様さまを拝めました。
周りは木が鬱蒼と茂り夏の暑い日に涼をとるのに持って来いの場所です。

帰り道は、水路の横にある小路を通り抜けます。途中に「開道記念碑」が建てられています。

浅間温泉3種の湯

まさごの湯

浅間温泉には、三種類の温泉施設があります。
ひとつは、旅館などの内湯 公共的な銭湯 3つ目は、「仲間の湯」と呼ばれる温泉施設です。

湯仲間と呼ばれるグループがあり毎月2500円。3000円と会費はまちまちですが、会費で運営され掃除なども自分たちでおこないます。

 

第2章も案内人で建築家である新まつもと物語市民記者藤松さんにご協力頂きました。