師走の松本城公園 ててまがりの井戸跡・太鼓門・黒門 ①

2025.12.23
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師走の松本城公園 ててまがりの井戸跡・太鼓門・黒門 ①

12月21日(日)晴れのち雨 松本城公園周辺 まち歩き

お昼ごろまでは晴れていましたが、怪しい雲から15時前くらいから雨が降り出しました。
12月とは思えない気温15℃ 暖かかったので長時間の街まち歩きも苦になりませんでした。

太鼓門

太鼓門

太鼓門の耐震工事もほぼ終わったようです。

石垣もよく見てみると、大きな石の隙間に小さな石が積まれています。
小さな石を入れることで、排水性を高める作用があるそうです。

大きな石は、主に山辺石という緑がかった硬い石英閃緑岩が使われています。

石垣

玄蕃石に関しては、過去のブログで何度か紹介しています。
よろしければ「初めて松本城を訪れる方にぐるっと松本城」もご覧ください

玄蕃石

桝形に入ると一の門にある巨大な石が目を惹きます。玄蕃石と呼ばれる石です。

松本城最大の石で、重さ約22.5トン(玢岩/ひんがん)あり、松本の東、岡田か山辺の石といいます。松本城を築城した石川玄蕃守康長が運ばせた巨石で、運搬の苦労を物語る伝説が伝えられています。康長の名にちなんで玄蕃石と呼ばれています。(国宝松本城HPより)

国宝松本城HPに「玄蕃石伝説」のページがあります

玄蕃石

太鼓門を抜けて公園内に入ります
黒門が見えます。

黒門

黒門は、昭和に復元された際イラストでした資料がなかったので、設計を依頼した市川清作氏が、名古屋城の渡り櫓門を参考にしたと言われています。(名古屋城の発券場の横にある「榎多門」は「高麗門」と「渡櫓門」「多門櫓」で囲われて桝形を形成されています)

規模の小さい内堀がありますが、江戸時代は、おおよそ赤い線くらいまでも内堀だったそうです

明治になりここにはいろんなものが建ちました。旧博物館跡地付近に松本中学が建てられた際に堀が埋められたそうです
明治18年~昭和10年まで 以降は深志高校として現在の場所にあります。

赤い線ぐらいまで内堀

旧博物館跡地

旧博物館の解体工事も終了して大きな広場が解放されました。端にはベンチも置かれています。

旧博物館跡地

入ってみると

旧博物館内でガラスの向こうに保存されていた「ててまがりの井戸跡」が囲いをされて残されていました。
ててまがりの井戸は、古山地御殿にあった井戸です

ててまがりの井戸跡

広場から臨む太鼓門

広場から見る太鼓門

南東から見る広場

南東から見る

松本城公園 まち歩き②へ続きます

松本城公園