⑬旧高松屋商店#マツモト建築芸術祭

2023.2.20
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⑬旧高松屋商店#マツモト建築芸術祭

六九(ロック)

六九は、縄手通りの西側、大手門前から女鳥羽川北側に東西に走る通りで、名前の云われは、通説の一つでは、江戸時代に城内武家屋敷の一町名だったようです。

大手門の外、西側の通りを六九(ろっく)といいます。六九は1633年に松本の殿様になった松平直政が54匹の馬を飼うための馬屋を造ったことから付いた名(6×9=54)だと言われています。その後、戸田氏の時代になると、ここには藩の役所がつくられ、町や村の政治を行う場所になりました。町や村を治める「郡所」、幕府から預かった領地を治める「預所」、藩の会計を引き受ける「表勘定所」や「蔵」があって、そこに勤める武士たちが通ってきました。(松本城公式サイトより)

昭和の戦後、西堀・六九共に井上百貨店を中心に、松本で最も賑やかなエリアでした。
井上百貨店が駅前に移転した後は、かつての賑わいはなくなり、アーケード街だった六九は、アーケードを外し高層マンションが立ちました。

マツモト建築芸術祭 六九の展示会場2軒目

旧アーケードがあったメイン通りに堂々と居を構える「旧高松屋商店」

旧高松屋商店外観

建築年  昭和36(1961)年 設計者  橋場建設株式会社 施工者  橋場建設株式会社

明治期創業の高松屋商店は、荷車などを製造する車鍛冶業を営んでいたが、大正5(1916)年、乾物などの食品卸業に転向した。昭和50年代(1975〜1984)に規模を縮小して、建物の一部を区切り貸店舗にした。右側の貸店舗部分はその時に内装を大きく変えているが、左側の商店部分には当時の仕様が残されている。
鉄筋コンクリート造で、2階は柱梁の構造ラインより外壁が張り出しているため、2段構えのスチールサッシは柱に分断されず間口の広さを生かすことができている。窓下のタイルの帯に加え、1階の開口部にも帯があり、横のラインが強調された意匠となっている。タイル上に設置されている立体的な文字看板も最近では少なくなっており、懐かしさを醸し出す。
1階の袖壁に張られたテラゾー(人工大理石)は、昭和30~40年代(1955〜1974)に流行した材料で「昭和の香り漂う建築」の床や壁、カウンターや造作材に多く見られる。道路に面した部分は木製引戸の大開口であったが、貸店舗とする時にショーウインドウ形式に造り替えた。ショーウインドウの台輪はテラゾーではなく石目調の化粧板で、材料からも時代の変遷を見ることができる。(マツモト建築芸術祭公式サイトより)

昭和の雰囲気を漂わせる外観 壁面の薄いブルーのタイルが引いて見るとかっこいい!

入口

入ってすぐに目に留まるのは、このオートバイ
ボランティアスタッフの方が、この白いところは、大理石で出来ているんですよと教えてくれる。ひえ~

オートバイのようなもの

アーティスト 村松英俊

昭和63(1988)年、静岡県生まれ。平成28(2016)年、東北芸術工科大学大学院修了。

モノや道具など既製品の一部分を大理石などの石に置き換え、モノの一部が石化した、あるいは石がモノの形に物化したイメージの作品を制作している。

主な個展には『with stone』(日本橋高島屋美術画廊X、東京/2022)、『STONE TOOLS』(日本橋高島屋美術画廊X 、東京/2019)、グループ展には『DEMAIN展』(西武池袋本店、東京/2022)、『現代美術展』(神戸阪急、兵庫/2021)、『Metropolis』(高島屋、東京・大阪/2021)、『TUAD ART-LINKS 2019』(高島屋新宿店 、東京/2019)、『On the Steps 2019』(Steps Gallery、東京/2019)、『Mechanical Sensations』(六本木ヒルズA/Dギャラリー、東京/2019)など多数。2022年に滋賀で開催された芸術祭「BIWAKO BIENNALE」にも参加した。(マツモト建築芸術祭公式サイトより)

大理石から塊から創り上げた作品

村松英俊

店舗であったこの空間にプロデューサーのおおうちさんが、この棚を用意したそうです。

村松英俊 棚

村松さんの作品が、置かれていくとこの空間が妙にしっくり収まる不思議さがあります。

 

東北のどこかの町で見つけたドラムカンを持ち帰り作品にしたそうです。

ドラムカン
棚2

 

旧高松屋商店内

どの会場でもボランティアスタッフの方とお話しするのも楽しいマツモト建築芸術祭です。