秋まつもと散歩 芸術館の裏手

2022.10.30
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秋まつもと散歩 芸術館の裏手

10月26日 松本さんぽ 天神・深志神社からすぐ隣にあるまつもと市民芸術館の裏手へ

まつもと市民芸術館は、現在まつもと市民芸術館がある場所は、以前は「深志公園」でした。前庭に噴水があり市民会館がありました。

当日一緒にいた友人が昔近くに住んでいて、子供の頃よくここの池でトンボを採ったりして遊んだそうです。

まつもと市民芸術館池

湧き水が溜まっているように見えます。

まつもと市民芸術館裏手

隣にある深志神社の紅葉が綺麗です。

紅葉

明治四十三年と記された 大名町にある「田立屋」さんの石碑が置かれています。

田立屋さんのHPによりますと開業は、1848年創業

初代大宮徳重が木曽田立村(現在の南木曽町田立)より新しい時代の期待と大望を抱き、商いを志し、出府して松本博労町西側に居を構え田立屋の屋号にて小間物商をはじめる。

明治4年廃藩置県により大手南門通り武家屋敷が庶民に開放されるやいち早く大名町に居を移し店舗を開いた。
このころよりの商号にて卸業を兼ね販路を広げていった。

なぜここに石碑が置かれているのかは不明です。

田立屋さん石碑

銭座記念 新しい石碑もあります。

お金を造っていた場所

江戸時代のお金は、大判小判に代表される金貨と丁銀などの銀貨と寛永通宝のような銅銭が使われていました。それぞれのお金を造っていた場所は、金座・銀座・銭座と呼ばれていました。
一時松本にも銭座がありました。それを記念して建てられているのがこの碑です。松本は寛永13年(1636)松平直政の代に銭座が開かれました。銭座を開く許可をもらった人は今井勘右衛門で、溶かした銅から寛永通宝をつくるのは三輪忠兵衛でした。その場所は鍋屋小路ということは分かっているのですが、どこであったか見つかっていません。
全国で銭座が置かれたのは松本をはじめ、水戸・江戸・仙台・三河吉田・長門などです。それらの地で盛んに銭が造られ十分な量になったため、1640年には松本の銭座での銭造りが終了しています。(国宝松本城HPより)

 

銭座

まつもと市民芸術館は、最大1,800席を有する馬蹄形の主ホールと、ワンボックス型288席の小ホールなどを備えた松本の代表的な文化施設です。
著名なアーティストのコンサートやオペラ、さまざまな芸術鑑賞ができるとともに、市民の活発な芸術文化活動の場でもあります。

世界的に有名な伊藤豊雄氏が設計されました。

美しいフォルムのまつもと市民芸術館をぐるっと周って裏手で出てみるのも楽しいです。

落ち葉と池

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