平瀬城跡ひらせじょう あと

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平瀬城跡

平瀬城跡
平瀬城跡

  • 指定等区分 松本市特別史跡
  • 指定年月日 平成26年3月5日
  • 種別 遺跡
  • 所在地 松本市島内9627イ号ほか
  • 所有者 個人
  • 時代区分 戦国時代

安曇野を望む島内の要衝

平瀬城跡は、奈良井川と梓川とが合流する付近の、安曇野に面する尾根上に造られた山城の跡です。 島内下田地区の犀乗沢をはさんで、北側の尾根に本城、南側の尾根に南城が築かれ、これら一体で平瀬城とされています。松本地域の他の山城と比較すると、本城の主郭部分がずば抜けて広いこと、また、尾根続きに築かれている連続竪堀(たてぼり)が大規模かつ複雑であることが特徴として挙げられます。

敵二百四人討ち取りなされ候

平瀬城は多くの文献史料に名を残しているため、研究者の間で著名であり、他の山城に比べて広く研究されてきた経過があります。江戸時代に松本藩主水野氏が編纂した『信府統記』には、犬甘(いぬかい、犬養・犬飼とも書く)氏の一族である平瀬氏の居城であろうと書かれています。また、武田氏の史料である『高白斎記』には、天文20年(1551)10月に、武田氏が平瀬城を攻め、204人を討ち取り平瀬氏が滅亡したという記載があります。ただし、平瀬氏滅亡の場所は、平瀬氏の居館である川合鶴宮八幡神社地とする説もあります。

*画像情報は松本市HPより頂きました。

住所
〒390-0851 長野県松本市大字島内8366
URL
https://www.city.matsumoto.nagano.jp/smph/miryoku/bunkazai/takara/shi/shiseki/hirasejouato.html
2020.4.25 ※経年変化により、記事の内容と現在の状況は異なる場合があります