会田御厨の鎮守として白鳳年間(7世紀後半)に勧請されたと伝わる社で、現在残る神明造りの本殿は宝暦6年(1756年)の建立です。
境内の一角には弘仁年間(810年~824年)開基と伝わる天台宗寺院の神宮寺があります。
奉納絵馬 潮干狩り絵図 ほうのう えま しおひがり の ず
以下 松本市公式サイトより引用させて頂きました。
- 指定等区分 松本市重要文化財
- 指定年月日 平成18年3月27日
- 種別 絵画
- 所在地 松本市会田4040-1
- 所有者 会田御厨神明宮
- 時代区分 江戸時代
海から離れた四賀に伝わる潮干狩りの絵馬
会田地区の会田神明宮(しんめいぐう)にある絵馬で、潮干狩りの様子が描かれています。縦77.0cm、横159.0cmと大きな絵馬で、杉板に彩色され、周囲を額装しています。
画面の落款(らっかん)に、
「天保二 辛卯 花月 北鵞齋弘探 印(朱文) 印(白文-弘探画印)」裏面に墨書で、「天保二 辛卯 三月 原山村 明照院弘探 敬白 越後國 大工 藤村音松作之」とあり、天保2年(1831年)の制作とわかります。
描き手である北鵞齋弘探の経歴は不明な点が多いです。絵馬の裏面にある原山村(松本市中川原山地区)には明照院は存在しませんが、原山村にかつて修験者が住んでいたという伝承があり、弘探は明照院と称する修験僧であったとも考えられます。また当地には、無住のお堂と弘探を結びつける史料も伝存しません。
絵馬は彩色の剥落や褪色が進み生彩を欠きますが、遠景に富士の頂と山なみ、松樹、そして海に浮かぶ白帆の舟を配し、中景から近景に、砂浜で潮干狩りに戯れる唐子(からこ)、また着物の裾をはしょり潮干狩しに興じる女性、世間話に手を休める美人を描いています。江戸庶民の暮らしをかいまみせるほのぼのとした絵馬です。人物は遊女、または芸妓とみられ、艶やかな雰囲気が伝わってきます。彩色は、紅、藍、緑青、墨などを効果的に用い、さらに砂浜の表現に梓川の黒砂を用い、質感を出す工夫をこらしたと伝えられています。
海を持たない信濃でこのような絵馬は珍しく、神明宮に詣でた土地の人たちにとっては、珍しい風景と感じたに違いありません。

