COLUMN

民芸が染込んでいる松本の日常

私は2009年5月に初めて「みすず細工」という言葉を知りました。「みすず細工ってどんなものか知りたい!」という好奇心から取材していくうちに、松本の人たちが自覚するまでもなく民芸に親しんでいたことに気が付きました。松本の日常的な民芸の染込み具合の一部を紹介します。

新まつもと物語 市民記者 小林ちえみ

仕事は農業。新まつもと物語の市民記者になったことで身の回りの面白さに気が付き始めました。小心者ですが好奇心の方が勝り、気になったこと面白そうなことを緊張とうれしさでドキドキしながら取材しています。

1945年以前に生まれた人たちにとっての「民芸」

松本に住んでいる70代以上の方は、「みすず細工」という言葉をほとんど知らなかったと思います。2011年ごろからテレビや新聞でよく聞くようになったので、「昔よく使っていたアレはみすず細工だったのか~」とやっと知ることになったことでしょう。それまでは、単なるザル・カゴ・行李などと言っているものでした。毎日使っているほうきでさえも「松本ほうき」という名前があるとは知りませんでした。古き良き松本で、日常的に使っている生活用品こそが、民芸だったのです。

1975年以前に生まれた人たちにとっての「民芸」


40代以上の人には、うっすらと老舗菓子店の広告の絵がインプットされています。それは、電話帳の裏表紙に載っていた開運堂の広告、染色工芸家の柚木沙弥郎さんの作品でした。作者の名前まで気に留めている人はほとんどいなかったかもしれませんが、長年いろんなパターンで載せられた独特の作風でしたから、柚木さんの作品を見たら「あっ!知ってる!」と遠い記憶の中で懐かしさを感じることでしょう。街中の電話ボックスで裏返って置かれた電話帳の広告も、民芸に縁のあるものだったのです。

つい最近の人にとっての「民芸」

2年位前まで松本駅お城口を利用されていた方には、目の片隅に温かみのあるデザインが映っていたと思いますが、思い出せるでしょうか?今はなくなってしまいましたが、民芸品やお土産を売っていた松田屋本店がありました。シャッターの絵やガラスに貼られた絵のデザインは染色工芸家の三代沢本寿さんの作品でした。三代澤本寿さんは、松本の民芸運動の中心メンバーの一人でした。松本駅を利用し、この地を訪れる全ての人の目に映っていたものも、民芸の粋だったのです。

 

 

まとめ

昔は特別な場所に行かなくても日常に民芸がありました。今は毎日民芸に触れている人は少なくなったかもしれませんが、松本はまだまだ民芸が続いています。みすず細工や松本ほうきは新たに職人さんが増えました!手工芸関係の店やイベントも多く、新しいスタイルになっているのでしょう。昔から続くのれんや照明に民芸の面影を感じることもあれば、作家さんが作ったかわいいお皿に現代のクラフトの良さを感じることもあるでしょう。美しさと潤いを感じ、心や生活を豊かにする空気が松本にはあります。